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血を売る男

『血を売る男』

 

余華 飯塚容訳 河出書房新社


第二次世界大戦後の中国。
「許三観(シユイ・サンクアン)は町の製紙工場の繭運搬係だ」。
許三観は血を売ったお金で、油条(細長い揚げパン)美人と呼ばれている許玉蘭にごちそうして結婚にこぎつける。
二人は三人の息子(一楽、二楽、三楽)をもうける。
しかし一楽は許玉蘭が交際していた別の男との結婚前の一回の交わりで妊娠した子供だった。
それを知った許三観は一楽を自分の子供と認めない……

共産主義化、飢饉、文化大革命などが家族の生活を脅かします。
許三観は、人生の節目節目で血を売って金を稼がなくてはいけない羽目に陥ります。
貧しい生活を強いられる許三観とその家族の話は、ユーモラスな書きっぷりと、貧しい者どうしが助け合う情景のあたたかさで、楽しく読めました。

ひどい飢饉で、毎日とうもろこしの薄い粥しか食べられない許三観の家族。
その日は許三観の誕生日だったので、奮発して妻の許玉蘭が粥の中に砂糖を入れてくれました。

この日の夜、家族がみんなベッドに入ったとき、許三観は息子たちに言った。
「おれは、おまえたちのいちばんの望みを知っている。食うことだ。おまえたちは米の御飯が食いたい。野菜炒めが食いたい。魚や肉が食いたい。今日はおれの誕生日で、おまえたちはおこぼれにあずかった。砂糖を口にすることができた。しかし、おまえたちがもっと食いたいことはわかっている。何が食いたい?今日はおれの誕生日だ。ちょっと奮発して、おれが口で料理を作ってやろう。おまえたちは耳で食え。口は使うなよ。口では何も食えない。耳をそばだてるんだ。おれは料理を作るぞ。食べたいものを注文しろ。一人ずつ、まず三楽からだ。三楽、何が食いたい?」
(中略)
 三楽は言った。「肉が食べたい」
「三楽は肉が食いたい」許三観は言った。それなら紅焼肉を作ってやる。肉は脂身もあるし、赤身もある。紅焼肉なら、両方半々がいいな。皮もついてるぞ。まず、肉を分厚く切る。手のひら半分ほどの大きさだ。三楽には三枚やろう……
 三楽は言った。「父ちゃん、四枚ちょうだい」
「わかった、四枚やろう……」
 三楽はまた言った。「父ちゃん、五枚ちょうだい」
 許三観は言った。「多くても四枚だ。小さいくせに五枚も食ったら、腹が破裂するぞ。まず、四枚の肉を水煮する。火が通ればいいから、煮すぎないように。煮えたら一度水を切り、それから油で揚げ、醤油と薬味と紹興酒と水を加え、とろ火で煮込む。二時間ほどで水分がなくなったら、紅焼肉の出来上がりだ……」
 唾を飲む音が聞こえた。許三観は続けた。「鍋の蓋を取ると、肉の匂いが鼻に飛び込んでくる。箸を取り、一枚つまんで口に入れると……」

落語の世界です。
しかし、実際は極限的に厳しい状況ですから、描写と現実の落差が効いてきます。
この後、文化大革命の嵐の中、妻の許玉蘭がかつて娼婦だったとでっち上げられ、つるし上げられます。
この文体は、その文化大革命の苛烈さとばかばかしさの両方を表現するのにぴったりです。

政治の苛烈さとは別に、市井の人々が助け合って生きていく様子は現代日本から見るとファンタジーのようでもあります。
現代中国の小説を読むのはたぶん初めてでしたが、楽しい経験でした。

 

血を売る男

血を売る男